ゆったり かいてき 恵那のくらし

恵那市移住定住サポーター

恵那市移住定住サポーター大島光利さん1
  • 大島 光利(おおしま みつとし)さん(串原)

 

昭和20年生まれ。岐阜県恵那市南部に位置する串原岩倉で生まれ育つ。平成12年、恵那市の南部、矢作川上流域で発生した恵南豪雨災害を経験。それを機に“山を再生する”という志を立て、NPO法人 奥矢作森林塾を設立。現在は奥矢作移住定住促進協議会の会長として、空き家の調査・活用、就農・就労支援など、多岐に渡り、恵那市への移住定住を希望する方々のサポートを行っている。

大島 光利(おおしま みつとし)さん(串原) 

 

(Q)恵那で移住定住のサポートを始められたきっかけをお教えください。


(A)自分は昭和20年に岐阜県恵那市南部に位置する串原岩倉という所で生まれ育ちました。串原は隣の愛知県との県境に矢作川が流れ、面積の8割以上が山林という静かで美しい場所です。若い頃から岐阜県内で数々の仕事をしてきたのですが、平成12年ごろに、恵那市の南部、矢作川上流域の上矢作・串原地域に大きな被害を与えた恵南豪雨災害を経験しました。自分は岐阜県恵那市岩村町にあった恵南消防組合消防本部で消防長を務めていた関係で、上矢作に10日間ほど通って、救助活動に従事しました。この経験は防災について再考する大きなターニングポイントとなり、やはり災害を防ぐためには“山を再生しないとダメだ!”という結論に達しました。それが後にNPO法人 奥矢作森林塾を設立する大きなきっかけとなりました。

恵那市移住定住サポーター大島光利さん2

平成12年、恵南豪雨災害によって甚大な被害が出た。矢作ダムを埋めた流木の数々。

 
平成17年、恵那市消防本部(旧恵南消防組合消防本部)を定年退職後、すぐに動き出しました。まずは一人では何もできないので、1年かけて自分の考えに賛同してくれる同志を集めました。しかし、絶対、この事業は365日24時間体制じゃないと満足のいくサポートはできないと感じていました。中途半端では絶対だめ!覚悟が必要!思いは二者択一です。“村を再生して活性化するか?”、“村が無くなっていくか?”のどちらかです。そして平成18年4月18日にNPO法人 奥矢作森林塾を設立しました。その時に、苦心のかいあって、約30人の同志が集まりました。最初の仕事は、“矢作ダムに流れ込んだ多数の流木をどう処理すればいいか?”という課題でした。その解決策として、国土交通省の経済的な援助を得て、1年をかけて日本一の大きさの炭窯を作って、流木を使った炭を土壌改良材として販売しました。これは事業としてのスタート地点となりました。そうこうしているうちに、上矢作、串原地域は、過疎化・高齢化とともに空き家がかなり増えてきたので、平成19年ごろ、独自に空き家を調査しようということになりました。“ここで行動を起こさないと、放置林と空き家はもっと増えてくるだろう!”と・・“今、止めないとやばい!”という思いでした。そして1年半をかけて、空き家の持ち主の意向調査を行い、その後、移住者を受け入れてくれる受け入れ側の調査も開始しました。これも1年半ほどかかりました。そして次は移住者への対応です。実は我々も最初は入ってくる人(移住者)が怖かったんです(笑)。どういう対応をすれば良いかも分からなかった・・・そこで平成20年から空き家リフォーム塾を開始することにしました。

恵那市移住定住サポーター大島光利さん3

リフォーム塾にて、板の間を解体中の大島さん。

 

これは田舎暮らしを志す参加者を募って、自分自身の手で古民家のリフォームをみんなでやってみようではないか?という企画です。塾生は地元のプロの大工さんに指導を仰ぎ、安全対策も含め、家を作るための基礎技術を習得することができます。またこの空き家リフォーム塾を通して、移住希望者の方々に実際に1泊2日で串原で生活をしていただき、約1年を通して、四季折々の串原を見てもらえるようになりました。我々も皆さんと同じ釜の飯を食ってみれば、その“人となり”が分かるということです。そうして最初に皆さんと一緒にリフォームした古民家が、現在は囲炉裏や釜土のある暮らしが体験できる体験施設、結の炭家(ゆいのすみか)として再活用されています。串原には最初、みんなが泊まる場所もわいわい騒ぐ場所も何もなかったんです。だから、結の炭家(ゆいのすみか)をみんなの手で一緒に作り上げたことは大きな成果となりました。

 

恵那市移住定住サポーター大島光利さん4

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結の炭家(ゆいのすみか)リフォーム後

 

しかし、この当時、市や県の補助金もなかなか思うように確保できなかったので、それぞれの持ち出し、実費でリフォームを行いましたが、これでは先々成り立ちません。事業を継続するためにも、何か手立てはないか?と・・・そして農林水産省を頼ることを考えました。農林水産省の指導の下、事業を本格化させるために、平成23年、新たに奥矢作移住定住促進協議会を設立。その後、農林水産省からも助成金が頂けるようになって、ようやく満足のいく空き家調査、古民家リフォーム塾や里山体験イベントの開催など移住定住促進事業ができるようになりました。その後、事業の認知度とともに、恵那市のサポートも得られるようになり、現在は、串原郷土館の整備と運営、田舎暮らしの魅力啓発、就農支援、特産品等の開発、地域の所得や雇用の増大を目的とした「森林資源調査」や「地域の合意形成」、「まきや炭づくりのための加工技術向上」などの多岐にわたって活動できる体制が整いました。

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奥矢作移住定住促進協議会での活動が評価され、内閣官房及び農林水産省が主催する「ディスカバー農村漁村(むら)の宝」(第三回選定)選定証授与式にて安倍晋三首相と歓談する大島さん。

 

恵那で移住定住のサポートを始めたきっかけは、やはり実際に串原に住んでいて、このまま放置したら、消滅地域になってしまう危機感を感じたことが一番の動機です。あちこちに空き家が増えてきているのが分かったんです。“この空き家を何とかできないものか?”と考えたとき・・・・思ったのが、“空き家も田舎の資源の一つではないか?”という考え。就職や進学、さまざまな理由で若い人が出て行ってしまうのを見ていましたが、彼らを呼び戻そうとかそういうことじゃ無くて、田舎が好きな人が入ってくれれば良いと思いました。“串原を好きになってくれる人でみんなでコミュニティーを作ろう!”と、“みんなでやろまいか!”というのがキャッチフレーズですね。

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「ディスカバー農村漁村(むら)の宝」への選定を小坂喬峰 恵那市長へ報告のために表敬訪問した大島さん。

 

(Q)恵那に長年住んでみてどうですか?

 

(A)恵那は住みやすいですよ。恵南消防組合にいたときに東京に仕事で度々行く機会があったのですが、実際、都会は住みにくいだろうなぁ・・と思いました(笑)。ここは構えて暮らす必要がないです。四季折々の自然もいっぱいあるし、何と言っても生まれ故郷。串原で生まれて良かったと本当に思っています。串原を一言で表すなら“結”ですね。人間と人間を山で結び、助け合いの精神も“結”です!この言葉に尽きると思っております。

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他方、串原で寄り合いや会議に参加して意見を出すと、みんな、ほとんど賛同してくれます。それはそれでありがたい話ではありますが、何か別意見というか?はみ出した答えを導く人が少ないんですね(笑)。はみ出す人が欲しいですね。そういう人がいると新しい事ができそうな気がします。どんどん意見を言ってほしい。移住者が入ってきて、我々が見えなかった事を外から見て意見を言ってくれることは非常に良いことだと思ってます。それによって新しいものが見えます。みんなで一緒に良いものを作り上げていきたいですね。

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岐阜県恵那市周辺では、クロスズメバチを「へぼ」と呼び、炊き込み御飯へぼめしにして食べる習慣があり、串原では毎年、“くしはらヘボまつり”が開催されている。

 

 

(Q)恵那にこれからどう変わってほしいですか?

 

(A)もっと若い人たちが真剣になって立ち上がってほしいと思います。自分の地域だからあえて厳しくそう思います。目の前にある問題から逃げてはいけません。自分たちの地域を作るということへの意識をもっと強く持ってほしいと思います。今、自分より二回り下の世代。特に30代から40代の移住者で、そういう意識がある人々が増えてきて、人材が育ってきています。串原では常に彼らが前に出て頑張っています。今、盛り上がっているのは、みんなでALL串原株式会社を作ろう!と(笑)。次の世代につなげていくことは本当に大切なことです。彼らが頑張れば過疎化が進まないと思います。世代を超えて、つなげてくリレーが大事なのです。串原も移住者の方が増えてきて、うれしいことに・・・・移住者で初の自治会長が誕生し、移住者と地元民がうまいことつながって、イベントも一緒に協力して運営しているんです。なぜ?そのようにうまくいっているのか?その理由は分かりませんが、本当に素晴らしい事だと思います。みんなで協力してやってます。何か計画を立てて実行するのは若者の力が必要なんです。

恵那市移住定住サポーター大島光利さん11

 

(Q)最後に恵那に興味のある方々に一言

 

(A)ぜひ恵那へ来てください。知ってください。そして恵那に住んでください。私は性別、年齢、人種などに関係なく、串原の事を好きなってくれて、理解してくれる方を待っています。みんなで農地、山などを継承していく気持ちを育てて、一緒にやるといういう姿勢で恵那へ来てくださる皆さんを全力でサポートしたいと思っています。

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以下、現在、大島さんが恵那市で行われている活動を紹介します。

 

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・NPO法人 奥矢作森林塾

■本部 

〒509-7816 岐阜県恵那市串原827

電話:0573-52-2411

ファクス:0573-52-2808

電子メール:ohshima@iwakura.enat.jp

WEBページ:http://shinrinj.enat.jp/

 

■事務局

奥矢作レクリエーションセンター内

〒509-7814 岐阜県恵那市串原1149-2

電話・ファクス:0573-52-2411

 

「みんなでやろまいか!」を合言葉に、さまざまな物事を資源と捉えて各種課題の解決に向け、森林再生と水質保全、そして地域の暮らしをもう一度見つめ直す活動を行っています。

 

・流木の炭焼き活動

矢作ダムに流入する流木を《資源》と捉え、大規模窯で炭化し、土壌改良材や河川の水質浄化材として有効活用。

 

・古民家リフォーム塾

地域に増えだした空き家を《資源》と捉え、都市部の方々と共に再生し、その活動を通して田舎暮らしの良さを知っていただく。

 

・木の駅プロジェクト

森林再生活動の際に産出されるC,D材丸太を《資源》と捉え、買取りと地域通貨券の発行、さらに炭やまきなどへの加工を通して、地域経済への貢献や雇用の創出を目指す。

 

・奥矢作移住定住促進協議会

WEBページ:http://shinrinj.enat.jp/ijyuuteijyuu/ijyuu.html

 

空き家の有効活用による地域の活性化および地域コミュニティーの活性化を実現するために空き家の調査・活用、就農・就労支援など移住定住のお手伝いができるように平成23年3月に発足された組織です。

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串原にて空き家見学ツアーを行った際の写真。